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I hate English! と叫べるか [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月18日(火)
何かが近づいている。今朝最初に気付いた。英語がうまく話せなくなっている。それだけじゃない。英語が話せないという表面的な現象の他に、もっと大きな別なものがあると感じる。あのマーク・ピーターセンが日本語の辞書を放り投げた時のあれ、あの精神状態になりつつある。そのはずなのだ。

いつものように起きて、身支度をして、ホストファミリーに挨拶する。あれ? なんかおかしいな。

朝食を採って、ランチをもらって、そしてバスに乗って学校へ行く。そして学校で友達と話していると、また何かがおかしい。

レッスンが始まるともう完全にはっきりした。ごまかしようもないくらい明白だ。英語が話せなくなっている。

英語を忘れているわけではない。他人が何を言っているかはわかるし、テキストも読める。しかし、なぜか昨日までのように話せないのだ。寝ている間に何があったのだろうか? 昨日のテストと関係あるのだろうか? 

内心で焦りながらもなんとか次々と出てくる課題をこなす。クリスティーナには気付かれていないようだ。ひょっとしたら気のせいなのか? いや、そんなわけはない。言いたい事が言えない、というより、言っても上手く形にならない。頭の中にある英文は大丈夫なはずなのに、それが口から出る時に歪んでしまう感じだ。なんだこれは?

日本語で言うとスランプ、だろうか。
いや、ダメだ、「スランプだー!」などと叫んではいけない!
「どうしよう」とか「もうダメだ」もダメだ!

ここは日本語で叫ぶところではない

留学前に読んだあの本にも書いてあったじゃないか。

「私は、和英大辞典を壁に放り投げ、研究室の窓を開けて「日本語が嫌い」と叫んだことがある。恐ろしいことに、それは、日本語で叫んだのである。かなり夢中になっていて、かなり頭がおかしくなっていたので、日本語に関しての不満を日本語で言ってしまった。これは、自分からいうのはおかしいが、そういうような精神状態を読者にも薦めたいと思う。“read, read, read”の上にさらに“write, write, write”のあまり、フラストレーションが高まってきて、頭がおかしくなり、“I hate English!”とつい英語で叫んでしまうくらい、英語の「頭脳環境」に入ってみてほしいと思う。」
(マーク・ピーターセン『日本人の英語』1988、岩波新書、p. 9)



というわけでここはこれだ!


I hate English!!
(俺は英語が嫌いだ!)


いやちょっと待て、「つい英語で叫んでしまう」のが推奨されているのだから、考えてから叫ぶのはなんか違うはずだ。

それに、実際英語自体は嫌いになってない。嫌いなのは、頭の中の英語がうまく口から出てこなくなったから…

ということはこうか?


I hate my mouth!!
(俺は自分の口が嫌いだ!)


むむ、いや、なんか違うぞ。
口そのものが原因ではないと思うし…

じゃあこれでどうだ!


I hate myself!!
(俺は自分自身が嫌いだ!)


いやいやいやいや


それは、ダメだろ
たとえ本当のことでも、自分で自分に言い聞かせる性質の台詞じゃない。生きる気力自体なくしてしまいそうだ。

いろいろと自問自答したが、結局「What should I say?」(なんて言うべきだろうか)と心の中で何度も繰り返すだけの筆者であった。周囲に人気がないときは実際に言ってみた。まるで念仏を唱えているかのようだっただろう。

気付いたら学校を出てバスに乗り、シティセンターに居た。足はテンプル・バー方面に向いている。行き先はバックパッカー向けのホステル、キンレイ・ハウス。去年会ったベルギー人、ピーターから、ここで働いているというメールをもらったから、ひょっとしたら会えるかもと思ったのだ。いま考えると完全に現実逃避モードだった。

(続きます)


日本人の英語 (岩波新書)

日本人の英語 (岩波新書)

  • 作者: マーク ピーターセン
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1988/04
  • メディア: 新書




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素行不安定 [英語留学(ダブリン2000)]

(10年後の筆者より)
やっと教科書が出てきました。といってもこの頃(2000年1月)に使っていたものが抜けています。なぜに…

100718_1401~01.jpg

2000年1月17日(月)
今日はテストのはず。どうしよう。またひどい天気だ。今日からバスで通おう。

週末を有意義に過ごした筆者だったが、月曜の朝イチでExam(イグザム=日本で言うテストのこと)があるのだった。「前章のおさらい」ということだが、先週クラスに入ったばかりの筆者は知らない部分ばかり。

テストの後、記入をやめて、先生のピーターが最初から解説していく。採点は各自。つまり、テスト結果はあくまで各自が自発的に自身の英語の知識を見直すためのものなのだ。結果は7割取れたくらい。やはりというか、クリスティーナはもっと取っていた。向こうの方が先にいるから仕方ないと言えば仕方ないが、やっぱり情けない。

授業が終わったら学校から飛び出るようにしてシティセンターへ向かった。そして、学校からもらったラミネートの学生証を見せて、ダブリンバス・オフィスで定期券を買った。いわく、Monthly Pass(月の定期券)はそれぞれの月の1日から末日までしか発行できないので、有効期限2週間のものを買った。これが17ポンド。月のパスならもうちょっと割安になるらしいので、また今度2月分を買いに行こう。

そのあと、真っすぐ家に帰ってホストファミリーの子供たちと遊ぶ気もなかったので、前にオリエンテーションで来たパブに入って、ビールを飲んだ。まだ日も暮れないうちになにをやってるんだ、俺は…と思ったがこれがまたうまいのだった。

帰りのバスの中で思った。最初の一週間はわけもわからないうちに目まぐるしく過ぎていったけれど、冷静に考えると特に何もしていないし、何も身に付いていないのではないか。3月に日本に帰る頃になっても、英語力は果たしてついているのだろうか?

朝のテストに見事にうちのめされていた自分だった。
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ディスカッション:日本人の壁 [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月14日(金)
授業はdiscussionのやり方。クリスティーナ曰く、ケイトの授業は面白くないという。自分も薄々そう思っていたが、はっきり言うなあ。西洋ではそういうふうにはっきり言うのか。それともイタリア人だけ特別なのか、はたまたクリスティーナが特別なのか。興味は尽きないが、最初は色々と驚いていたものがだんだん日常的になりつつある。いい感じだ。

今日はディスカッションの仕方について教わった。日本語で言うと議論と訳されるのだろうが、そう言うと何か揉めているような印象がある。英語でのディスカッションはもっと必然的で建設的なものだというニュアンスがあるらしい。というのは日本の大学での知識だが。

実際にやってみると、相手の話に反対すると言うのは難しい! 何だか知らないが、相手の言っていることは何でもうなづいて聞いてしまう自分がいる。日本で生まれて日本で育ったから、きっとこうなのだ。自分の中にある壁に気付いた感じだ。

隣に座ったイタリア人、クリスティーナは全然遠慮なく、「But I think ...」(でも私の考えでは)とか「I don't think so」(そうは思わないわ)など平気で言ってくる。金色に染めたショートヘアを逆立たせ、耳と口元に複数のピアスをきらめかせるそのファッションからはかなりの落差を感じる、真面目な態度だ(筆者の偏見によるものだが)。

クリスティーナは反論するだけでなく、筆者の意見をうまくからめ取ってまとめてしまう。よく外国語である英語でそんなことができるものだ。筆者は日本語でそういうディスカッションをしろと言われても、出来ないのではないか。賛成するか反対するか、どちらかで終わってしまいそうだ。大学のイタリア文学の先生いわく、イタリア人は自己主張がとても強いわりにチームワークがいいとのことだったが、その片鱗を見せつけられた感じだ。

しかしそのクリスティーナが、クラスが終わった後にこう言った。

「Her lesson is very boring」( ケイトのクラスってすごく退屈よね)

「Why?」と聞き返すまでもなかった。ケイトの教えるスタイルのことを言っているのだ。1時間目でピーターが教えた文法や表現を使って、我々留学生同士で会話してみなさい、というのがケイトのスタイルである。そして、我々が話しているのを教壇から、にこやかに見守っている。一定の時間が経つと、「ハイそこまで」みたいにして打ち切るのだが、特にフィードバックなどさせず、次の話題に移る。そして同じ事を繰り返すのだ。

しかし筆者にとっては、訛ってはいるがゆっくりはっきりとしたわかり安い英語でしゃべりまくるクリスティーナと闘って…もとい話し合って英語の会話力を磨く絶好の機会だと思っていた。それがクリスティーナにとってboring(退屈)に感じるのは…自分のせいなのか!?

(ゴクリ)

そう生唾を呑み込んだかどうかは覚えていないが、パートナーである筆者がうまくしゃべれないからクリスティーナが退屈しているのでは、と思うとかなり気まずい。しかし、まさかそんな言い方をする人だとは思えない。ここは聞いてみるしかない!

「Why do you think so?」(どうしてそう思うの?)

…というわけで結局「Why」で聞き返す筆者。クリスティーナの答えはこうだった。

「Because she doesn't teach anything! She tells us to talk to each other, but she is just, like, this.」(だって何も教えてくれないじゃない。私たち同士で話せって言うけど、本人はこんな感じだし)

そう言いつつクリスティーナは、へら〜っとした顔を作って、左右にキョロキョロしてみせた。教壇からにこやかな顔で見守っている(=何もしていない)ケイトのマネをしているのだ! そこまではっきり、効果的なジェスチャーまで交えて言われるともう、内容とは別物だが感動するしかない。英語の知識は同じくらいのはずだが、コミュニケーション力ではクリスティーナの方が筆者より遥かに上だ。

これは何か返したい! と思った筆者はさっき考えていたことを率直に言った。

「OK I understand what you mean. ... I thought I am boring you」(言いたいことはわかったよ。 ... 僕が退屈させてたんだと思ってた)

NO!! WHY!!!???

瞬時に目を見開いて大声で反応するクリスティーナ。こっちもびっくりだよ!

「... because I can't speak English very well」(だって僕はうまく英語しゃべれないから)

今考えると、クリスティーナから聞いたら絶望的な台詞だっただろう(普通は「don't speak」だから)。クリスティーナはそれを聞くともう激高して(当時の筆者にはそうとしか見えなかったのだ)、
「No, you speak good English! Also you're very nice!! 」(あんたの英語はいいわよ! それからあんたっていい人なのよ!)と返してきた。ちなみに英語では普通そこはYesで始まるところだが、Yes/Noについては日本人もイタリア人も同じ間違いをするらしい。

それにしても何てはっきり物事を言うんだ。多分100%本心ではなく、筆者の気持ちを気遣ってくれているのだろうが、それでも嬉しい! 

「Thank you! You're also a very nice person」

クリスティーナが帰ってしまう前にそれだけは伝えたかった筆者は、ちょっと照れくさかったが絞り出すようにしてそう言った。クリスティーナは笑顔で「Have a good weekend, see you next week」と言って去っていった。

筆者がこのとき垣間みた「ことばで気持ちを伝える方法」は、残念ながら捕まえる前にすぐどこかに行ってしまい、この後しばらくはディスカッションで悩むことになるのだが、それでもこの体験は記念すべき第一歩だった。自分の中にある「日本人としての壁」に気付き、その向こうがちらっと見えた感じだ。これからよじ上って上に手がかかるまでは遠い道のりになるのだが。

興奮状態だった筆者は学校を出て、しばらく一人で歩いて、ラスマインズの町中のインターネットカフェに入った。学校にも1人30分まで無料でできるインターネットがあったが、無性に一人で心ゆくまでメールチェックしたかったのだ。

期待していた、韓国人の友達からのメールは入っていなかった。日本からも特に何もなかった。しかし、そこには意外な差出人からのメールが一通、入っていた。

Pieter - 英語とは綴りの違うピーター。昨年、ダブリン国際ユースホステルで出会ったベルギー人だ。

「ダブリンに来てるんだって? 驚いたよ。実は僕もベルギーに一度帰ったんだけど、また来てるんだ。今もホステルで働いてる。僕たちが会ったところじゃなくて、テンプルバーの近くにあるところ。家はフラットが見つかって…」

これはまた嬉しいことになったものだ。また今度会いに行くよ、とメール返信した。
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ホストファミリーとアイルランド食 [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月13日(木)
晴れた! 昨日は雨で寒くて大変だったけど、それだけに今日の晴れは素晴らしい。しかし、すっかり明るくなったにもかかわらず、学校では眠くて仕方なかった。

その日、学校で何を習ったのかは記憶にない。ただ、ホストファミリーの子供たちが朝っぱらからうるさいので、寝不足で眠かったことはよく覚えている。筆者は8時20分までに家を出ればいいから、目一杯引っ張れば8時までは寝ていられるのだが、ふたりとも7時くらいには起きて騒ぎ始めるので目が覚めてしまう。そして、そんな喧噪の中に出ていく気はしないので、寝床で待つしかない。ダブリンに住み始めて一週間もたっていないが、この留学の最大の障害はこれだと確信していた。

学校では、いつものみんなとランチを食べながら話した。イタリア人、レンツォはサイクリング好きなので、可能であればマウンテンバイクを借りてサイクリングに行きたい、と言っていた。スペイン人のイサベルは、ホストファミリー宅ではなく、同年代の人々と「フラット」に住みたいらしい。

Flatは、この学校に入ってからよく聞くようになった単語で、平たく言えば家のことである。ただし完全な一軒家ではなく、一軒家をいくつかに割ったものがほとんどだ。しかしこの時は実物を見たことがなかったので、人々から聞く話のニュアンスで、単に他の人々とシェアして住む家のことをフラットというのだと思っていた。

「ホストファミリーもいいけど、自由がないし、食べ物も自分の好きなものを作って食べたいから」

とイサベルは言うが、筆者など、英語の勉強に来ているのだからネイティヴスピーカーと暮らしたいし、自炊しなくていいから助かるし、食べ物も美味しいと、完全に反対の意見を表明した。

「ホストファミリーの食べ物、美味しいと思う?」
「うん」

そういうやり取りの後、イサベルはとても不思議そうな顔をしていた。スペイン人がものすごい郷土料理自慢であることはまだ知らなかったが、この場合、日本人と話していても同じ反応だったと思う。

筆者は日本食にそれほどの執着はない。知り合いの人のアメリカ駐在中の話で、「最初は現地の食べ物を食べていたけど、3週間くらい経つともう我慢できなくなって、毎日リトルトーキョーに行って日本食を食べていた」(実話)などと聞いても「どうしてだろう」と不思議に思ってしまったくらいだ。

「あんたのホストファミリー、どんな料理を作ってくれるの?」

イサベルがそう聞いてきたので、「大きな肉、ジャガイモ料理、野菜」と答える筆者。去年の旅行で、レストランで食べていたようなメニューだ。それが家庭で毎日食べられるのだから、自信満々で答えた。ひょっとしてイサベルのホストファミリーでは夕食はスープとパンだけとかかなあ、などと想像しつつ。

「焼いた肉、ゆでたジャガイモと野菜でしょ? 私のホストファミリーも同じだけど… I prefer Spanish food(私はスペイン料理の方が好きなの)。K、私がフラットに住むようになったら招待するわ、いいスペイン料理を食べさせてあげるから」

イサベルは学校では初級と中級の間くらいのクラスにいて、英語で言い表せないことがあるとスペイン語に走ってしまいがちだったが、この時はかなりの熱意でそう伝えてくれた。

さて、真っすぐホスト宅に帰ると子供たちに遊んで攻撃をされるので、しばらくそうやってみんなと話したり、リスニング用のカセットテープなどが置いてあるAVルームをチェックしたりして、ゆっくり帰宅した。案の定、夕食までのちょっとした時間に子供たちが部屋に入ってきて、また遊び相手を努めることになったが、これも英語修行のうち。5歳だって3歳だって、ネイティヴスピーカーなのだから。

夕食は見慣れない料理だった。

まずライスが目をひいた。粒が長い、見慣れない形で、なぜかパスタをゆでるような鍋にはいっている。日本の炊きたてのご飯のような粘り気が全くない。それをお玉で平たいお皿にのせ、白いソースをかける。これはエキゾティックだ。脇にはもちろん、グリーンピースと、四角く小さく切ったニンジンをゆでたものが付け合わせになる。

「これは何て料理ですか?」

と聞くと、ホストマザーのヒラリーはこう言った。

「名前は特にないのよ。肉はチキンで、ソースはホワイトソースだけど」

ここでホストファーザーのマイケルが口をはさんだ。

「これはヒラリー・スペシャルという料理なのさ」

見事なマイケルのコメントに、みんな声を立てて笑った。こんな風に英語を話せるようになりたいなあ。それにしても、米とソースなのに、手元にはいつも通りナイフとフォークが置いてある。こういう時は「郷に入っては郷に従え」 だ。みんなが食べるのをじっくり見ていると、右手のナイフでライスとソースを寄せ、左手のフォークの上に乗せて、口に運んでいた。日本人で、フォークの背中にライスを乗せて食べる人(例えばうちの父)がいるが、マイケルもヒラリーもお腹(凹んだ方)に乗せて食べている。これが正式なやり方か、なんだ、簡単じゃないか。

「ヒラリー・スペシャル」は濃厚なホワイトソースと、チキンの味が絶妙で、すごく美味しかった。このチキンにしても、これまでのビーフにしても、牛乳にしても、アイルランドの食品は日本のより味が濃いような気がする。旅先だからそう思うのだろうか? ライスは、長くて粘り気がないのは大丈夫だったが、少し柔らかすぎるのではないかと思った。しかしソースが美味しかったし、こういうソースに米の組み合わせは新鮮だったので、気にせずに食べた。上機嫌であった。やっぱりホストファミリーはいい。この翌朝、子供たちにまた起こされるまではそう確信していた筆者であった。
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Lesson 3:「Look like」 - 見た目の話 [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月12日(水) 学校3日目
嵐のような朝。昼間は暑かった。夕方は快適だった。夕食が美味しかった。
いつもの道で、途中で右に曲がって学校に行ってみた。

嵐のようだったのは天気だけではない。ホストファミリーの子供たちもだ。例によって朝早くから大声を上げ、走り回る。そしてご両親の大声がそれを追う。子供にとっては、目が覚めた瞬間から一日という名の遊びが始まるのだ。そしてご両親にとっては戦いだろう。

それにしてもひどい天気だ。雨は小降りだが、風がハンパじゃない。その中を、特に防水でもなんでもない装備で学校へ歩く筆者。着いた頃にはけっこう疲れていた。アイルランドは雨が多いというのは前の旅行でもわかっていたが、冬でも同じだとは。日本では冬は乾燥注意報が出るくらいだが…これは早急に対策を練らないと。

最初のピーターのクラスでは、昨日に引き続いてLikeを使った文章を勉強した。

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(その時の殴り書き…もとい走り書き。)

What's the person like?
What's the person look like?

上の場合、「その人はどんなふうなの」という、幅広い答えが可能な聞き方。
下の場合、「その人はどんな見かけなの」という、外見の話。
Lookが入るだけで意味ががらりと変わるのだ。

Likeが入ってても決して「何が好きなの」ではないのがポイントだ。それは昨日やったDo you likeとかDoes he likeとかである。ピーターも念を押して「What sort of books do you like?」(きみはどんな本が好きなの?)という例文を出してきて、文章のつくりと意味の違いを改めて説明していた。

さて今日の質問文の意味を勉強したら、次は答える練習。人間の外見を説明する練習だ。ピーターがあちこち当ててゆく。

「Lily, what does K look like?」(リリー、Kはどんな風に見える)
「He is tall」(彼は背が高いです)
「OK! But use "look like"」(よし! だが「風に見える」を使ってみろ)
「ah ... he ... look tall?」(えーと…彼は…背、高く見える、ですか?)
「He looks tall」
「Oh sorry」(あっ、すみません)
「Don't worry」(気にするな)

リリーの答えはやり取りの上では間違っていないが、ピーターとしては今勉強している文章の形を使わせたいのだろう。そして動詞のsを飛ばして注意されるリリー。なんか、うちの大学のネイティヴスピーカーの先生の授業でもこんな感じだったな。やっぱり中国人も日本人と同じ感じで英語を間違えるのだろうか? 韓国人の英語は日本人の英語にそっくりだが…

ところで、筆者は当時173cmくらい。アイルランドでは特に高くはないが、リリーにとってはそれくらいでも高いらしい。ちょっと嬉しいが、嬉しがっている場合ではない。自分の番に備えないと。

「Ok K, what does Lily look like?」
「She looks healthy」 (彼女は健康そうに見えます)

慌てて出した答えに、くくっとピーターが笑う。たぶん黒髪とか、眼鏡とか、そういう物理的なものを期待していたのだろうが、筆者の発想はかなり予想外だったに違いない。まあいいだろう、みたいな感じで次の説明。

「みんな、リリーによるとKが背が高いということだったが、俺はそれほど高くもないと思う。少なくとも俺よりは低い。しかし、背が低いというわけではない。こういう時、どう説明する?」

誰も何も言わない。一瞬の間の後、ピーターのマーカーがホワイトボードの上で踊った。

quite tall

「これだ!」

カタカナで書くとクワイト・トール。決してquiet(クワイエット=静かな)ではない。ピーターいわく、quiteは若干その言葉の意味を強くするものである。日本語で言うと「やや」みたいなものか。おっといけない、英語で理解しないと。

「では、short(背が低い)でもnot so so short(そこまで低くない)という場合、どう言う? K?」

何かあやしい気配だったが、ストレートに返す自分。

「Quite short?」
「No.(笑顔)」

ニヤリと笑うピーターの顔を見て、ひっかけられたと気付く筆者。

「Quite short means short」(クワイト・ショートはつまり低いんだ)

そしてホワイトボードに書き加えた。

not very tall
(そんなに高くない)

そしてこう付け加えた。

「みんな、tallやshortという単純な表現については初級クラス、もしくは本国で習った通りだ。しかし、中級というレベルでは、こうして表現のバリエーションを増やしていくのだ」

なるほど、すでに知っている語彙を組み合わせて意味に幅を持たせるのか。日本で英語を勉強していた時は、語彙を増やす事ばかり考えていたが、やっぱり現地は違うもんだ。と一人感動する筆者。

最後に練習問題をやった。

1. What's he like?
2. How is she?
3. What does she like doing?
4. What is the weather like there?
5. What does she look like?
...
8. What was your holiday like?
9. What would you like to do?


日本なら、まず上記の問題を日本語に訳するところから始まるだろうが、ここは多国籍の教室。そのまま英語で答えなくてはならない。その答えによって、質問の意味を理解しているか、また、正しい形で答えられるかがわかる。これも実践的で感動だ。ちなみに結果は…まあまあといったところ。

15分の休憩を経てケイトの会話クラス。クリスティーナが突然いなくなったので、メキシコ人のティーンエイジャー、ヘススと組んだのだが、けっこう仲良くなれた。そしてlook likeの件で「家族がお互いに似る」という趣旨で、文章をふたりで作ろうとしていたときだった。

100709_1417_02.jpg
筆者のノートに青ペンで書き入れるヘスス。しかし、

兄弟=BROTH
息子=SOON

何だそりゃ。

このヘスス、どうやら綴りが苦手なようである。もちろん正しくはbrotherとsonだが…ちなみに後日、ヘススはいわゆる小文字を書かないことも発覚した。これはこれで面白かった。みんな色々あるんだなあ。

ちなみに10年経ってヘススの英語はどうなったかというと…

JesusonFB.jpg

相変わらず間違っていた。

× bery gud
○ very good
(筆者註:スペイン語では日本語同様、vもbと同じ発音)

ひょっとしてわざと間違えてネタにしてるのかもしれないが。

(午後、買い物編に続く)
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Lesson 2:「LIKE」 [英語留学(ダブリン2000)]

また時間が空いてしまいました。なぜかというと、当時使っていたテキストを探していたのですが、これが見つからない。絶対どこかにあるはずなのですが…というわけで、あきらめて2日目はテキスト無し、ノート(日記兼用)を見ながら書いてます。

100705_0939_01.jpg

ちなみにこれが筆者の当時のノートです。現在では『東大合格生のノートはかならず美しい』という本が出ていますが、このノートを見ると東大合格生ではないことがはっきりわかりますね。

2000年1月11日(火) 
昨日はディナーを食べた後、息子さんのクリストファーと遊んでいたら、もう一人の留学生が帰ってきた。スペイン人で名前はマリア。ウェービーな黒髪と日焼けした肌、黒い瞳。いかにもスペイン人という感じだ。実はもう学校の授業は全部終わっていて、今週出ていくらしい。しかも、出ていく先は友達と一緒に借りた家(?)で、仕事をしながらそこにしばらく住むらしい。昨日同じスペイン人のイサベルに聞いた話とバッチリかぶっている。ちなみにまだ二十歳だという。すごいなあ。
今日は“like”の異なる使い方について勉強した。


一夜明けて、朝はえらい騒ぎだった。

5歳の男の子と3歳の女の子が大声を出して走り回り、それを追ってご両親も大声を出して走り回る。動揺しながらもトースト、シリアル、インスタントコーヒーという朝食を黙々と食べ、逃げ出すように学校に向かった。今日からはバスで通学だ。

大きなドアを開け、感じのいいエントランス・ホールに入ると、受付に眼鏡をかけた若い女性がいる。昨日の反省を踏まえてスマイル、そしてGood morning! 次いでHow are you today? が来るのでこれを華麗に受け止めてI'm fine, thank you!! で返す! よし!! 普通に挨拶できたことによりテンション急上昇、絨毯の敷かれた幅の狭い階段を小走りで登り、教室に着いた。昨日のクラスで会った面々はまだ全員揃っていなかった。とりあえず、いる人に片っ端から挨拶する。そして、クリスティーナはまだ来ていなかったが、昨日座らせてもらったのと同じ所に座った。やがて他のみんなが集まり始め、9時を過ぎると、ドアを開けて大柄な、筋肉質の若い男が入ってきた。男は自分と目が合うやいなや、こっちにやって来た。

「Good morning, nice to meet you. My name is Peter.」

男はピーターと名乗って右手を差し出してきたので、こちらも手を出して握手し、聞かれる前に「Nice to meet you too, my name is K」と言った。ピーターは大きな声で「OK!」と言うと、同じく新しい生徒であるハナさんの方に歩いて行って、同じ事をしていた。

ピーターは角刈りと言ってもいいくらいの短髪だが、それでも金髪なのがわかる。目は青い。肌はとても白い。身長は190cmはあるだろう。体重は…かなり筋肉質だから、ひょっとしたら100kgくらいあるのではないだろうか。四角い顔、四角い上半身に、ポロシャツ、カーゴパンツ、ワークブーツといういでたち。先生というより、教官といったほうがしっくりくるだろう。そして声が大きい!

「This is the text book we're using」
(これが使ってる教科書だ)

ホワイトボードの前に戻ったピーターはそう言うと、A4くらいの、あまり分厚くない本を持ち上げ、表紙をこっちに向けた。そして、早い歩調でまた近づいてきて、筆者とハナさんの机に一冊ずつ置いていった。日本の学校だったら取りに行かされる事がほとんどなので、これは小さなことながら嬉しかった。教科書には「Intermediate」(中級)と書いてあった。

「ページ○○を開いて。今日はLikeからだ」

大声が響き、マーカーがホワイトボードに走る。

Sense verb - like
- taste like
- look like
- sound like
- feel like

センスバーブ、直訳すると感覚動詞か。おっといけない、日本語に直すのではなく英語のままで理解できるようになる、という目標でやるのだから。Sense verbs、sense verbs.

「この中でLikeという単語の意味を知らない者、居るか?」

ピーターがそう問うが、誰も名乗り出ない。今日も隣に座ったクリスティーナはピーターと視線が合うと、へらっとした笑顔で首を横に振った。そしてこっちを見た。つられて笑顔で首を振る筆者。ピーターは、「当たり前だよな」という感じでニヤリと笑うと、こう言った。

「John, what do you like doing?」
「ah ... I like football」
「Be careful. What do you like doing?」
「Oh, sorry. I like playing football.」

このやり取りの意味は自分にもよくわかった。中国人のジョンという学生にピーターが「何をするのが好きか」と聞いたが、ジョンが「サッカー好きだ」と答えたため、訂正を促されたのだ。訂正した答えは「サッカーをするのが好きです」である。ピーターはこれを聞くと「Thanks John」と言って次の説明に移った。

「これがlikeの基本的な使い方だ。何をするのが好きだ。私は何々が好きだ。私は誰々が好きだ。だが、likeにはもっと幅広い使い方がある。例えばI would like!」

再びホワイトボードにインクが乗る。

I would like ...

「パブでもホストファミリーでもよく聞かれるだろう、What would you like(何がよろしいですか)?、そして I would like a pint of Guinness(ギネス・ビールを1パイント)と答える。ファミリーならI would like a cup of tea(紅茶を一杯)と答えるだろう。コーヒーでもいい。そして、同じくこれもよく使う」

I would like to ...

「Toの後は動詞だ。I would like to have a pint of Guinness(ギネスを1パイント飲みたい)、I would like to go to Galway(ゴールウェイに行きたい)! …ヘスス、What would you like to do this evening?」

今晩何がしたいか、と問われてメキシコ人の少年、ヘススが答える。

「Nothing」(何も)

ぶはっ、と隣のクリスティーナが吹き出した。当のヘススは若干うつむいて、不適な笑みを口元に浮かべている。他のみんなは笑いをこらえているようだ。イタリア人のクリスティーナだけが満面の笑顔でキョロキョロしていて、次の展開を楽しみにしているのがよくわかる。ピーターはうっすらと笑いを浮かべてこう言った。

「So you would like to do nothing
(つまり何もしたくないんだな)
「Yes」
(はい)
「You'd say "no" in English」
(英語ではそこはイイエだ)
「OK」
(オーケー)
「…」
(沈黙)


ピーターから暗に「そういう時はこう言うんだ」という指示が出ている。しかしヘススはなぜかピーターが促しているように、全部の文章を言おうとしない。やり取りの内容からして、意図は伝わっているはずなのだが…しかしピーターは特にこだわらず、次の生徒に同じ質問を投げかけた。全員を一巡したはずだが、誰が何と答えたか覚えていない。それにしてもこのピーターという先生、なんかいいぞ。わかりやすいし、勢いがある!

このあと、likeの入った例文のテープを聴いたり、taste like(…みたいな味がする)のような使い方を勉強したはずなのだが、よく覚えていない。ノートの片隅に残った「freckles」(ソバカス)という走り書きが、さらに筆者の記憶を混乱させてくれる。なぜこんなものが…

9時に始まった文法の授業だったが、あっという間に2時間が経ち、11時の休憩になった。休憩は15分で、11:15からは昨日と同じく会話の授業らしい。


(続く)
次回:放課後オリエンテーションで町中のパブに行く
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初登校! 初放課後!! [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月10日(月) 授業終了後。
1時くらいに昼食。最初の友達、レンツォがランチを一緒に食べようと誘ってくれた。スペインから来てる人がさらに2人来た。イサベルとホルヘ。みんな英語はまだまだみたいだ(自分も含めて)。昼食が終わったら、新入生オリエンテーションということで、皆でシティ・センターへ行った。

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(初日にもらうエメラルド特製通学カバン)

授業が終わると、みんな教室から出て行った。ハナさんとマホさんの日本人女性ふたりだけが残って何やら話している。二人に「Bye」と言って教室を出ることにした。ハナさんはどうやら不安なことが幾つもあるらしく、深刻な顔で、マホさんと日本語で話し合っていたのだが、筆者は日本語を話すつもりはなかった。そこで部屋を出る前に、二人に話しかけてこう言ってみた。

「Excuse me, I would like to speak in English, is it OK?」
(英語で話したいんだけど、いいかな)

マホさんが「Yes it's all right」(いいわよ)みたいに、とっても素な返事をした後、ハナさんは自分の顔をまじまじと見て「Yes, yes」と言った。そして筆者の反応は、

「OK, thank you. Bye, see you tomorrow」
(おっけ、ありがとう。じゃあね。また明日)

であった。

後々マホさんから何かあるごとに「Kといえば初対面の時のあの挨拶が強烈な印象」と何度も何度も何度も何度も(略)言われるのだが、今思い起こしてみると確かにそうだ。だってその話の始め方だと「これから何か重要なことを英語で話すぞ〜」という風にしか思えないのに、挨拶だけ英語でして去って行ったのだから。

ところが当時の筆者は「よしこれで日本語を話さないと言う意志は伝わったはずだ。アイルランドまで来てるんだから日本人同士でも英語で話さないとな! それにしても、またエクスキューズミーで会話を始めてしまった。反省」などと全く別なことを考えていたりしたのだった。

教室を後にして、とりあえず小さな校舎だしあちこち見て回ろうと思ったら、朝話したイタリア人とまた会った。レンツォ・ロンコーニ41歳。「これからランチにしないかね」というので、二人で一緒に一階に降りて、裏口のドアから出た。

裏口のドアを出るとそこは中庭だった。ちょっとした運動ができそうな広さだった。すぐ右手に、本館につかず離れずの微妙な距離で小さな建物があった。「あそこで食べよう」とレンツォ。ドアを開けると、かなりの数の生徒が集まっていて、例のパケット・ランチのサンドイッチのセットや、スナック菓子を広げて、昼食をしていた。テーブルは10席、椅子は30~40くらいあるがほとんど埋まっていて、運良く座れて良かった。奥の方を見るとカウンターがあり、なんか授業料を払いに上に行った時に見かけた人が、奥にたたずんでいた。事務員さん兼業なのだろうか?

席に着くと、元気でにぎやかな声が耳に飛び込んでくる。ひっそりとしていた自分の授業中とは大違いだ。聞こえてくるのは英語ではなかったが。

「Italian」

筆者があからさまにキョロキョロしていたからか、レンツォが小さくそう言った。普通に考えると「イタリア語だよ」という意味なのだが、レンツォは「イタリア人だ」つまりItaliansと言いたかったらしい。そうわかったのは街に出てからだが。

「Hi, Renzo」

席に座って、サンドイッチを食べかけていた我々にそう言って声をかけてきた男がいた。背が低く、丸顔で、ぽっちゃりしていて、髪は短く刈り込んでいる。善良そうな人だなあ、という第一印象。自分も挨拶をしようとしたが、その横にもう一人女性がいるのに気がついた。こちらは黒っぽい、ウェーブのかかった髪の、細身の女性。背は低くて、目は茶色で、なんとなく親しみのある顔をしている。アジア人とは全然違った見た目なのだが、いわゆる「ガイジン」というのとは違う感じがする。

「ホルヘ! どうだい調子は、私の友達のKを紹介するよ」

レンツォは椅子から立ち上がり、両手を広げると、大きくてのびのびした声でゆっくりそう言うと、筆者の方に向き直った。広げた両腕の片方が筆者の方に向いた。何とも堂に入った紹介の仕方ではないか。つられて立ち上がり、右手を差し出す筆者。

「Nice to meet you, my name is K」(初めまして、Kです)
「Nice to meet you, I'm Jorge. And she is my friend Isabel」(初めまして、ホルヘです。こちらは友達のイサベル)

ホルヘの握手はがっちりとしていて、握手をし慣れている感じだった。イサベルと紹介された女性とも同じようにして自己紹介して握手した。

Jorge.jpg
ホルヘ(後日、ブラックロックにて)

Where are you from?「どこから来たんですか」と二人に聞くと、「Spain」(スペイン)とのこと。二人ともスペイン人か。そう言えば去年旅行中にスペイン人の二人組に出会ったが、ほとんど話らしい話もしなかったっけ。どんな人たちなんだろうか。

胸の奥の好奇心の炎がさらに火勢を増している筆者だったが、とりあえずはおとなしくサンドイッチを食べることにした。…ところが、他の3人が話す事話す事。そうか、英語圏には「食事は楽しく会話をしながら食べるもの」というルールがあるが、イタリアでもスペインでも同じなのか。そうとわかれば、と思って会話に参加したかったが、なかなかうまくいかない。決して空腹のあまりサンドイッチに気を取られているわけではないのだが、結局、ホルヘとイサベルは二人でスペイン語で話し続け、レンツォは黙ってしまった。しばらくしてレンツォが二人をさえぎって、こう言った。

「Excuse me, please speak English, because I don't speak Spanish」
(すまないが、英語を話してくれないか、スペイン語はわからんのだ)

筆者はちょっとびっくりしたが、ホルヘとイサベルは「sorry!」という反応。そして、今度は英語で話し出した。筆者と同じくらい、もしくはもうちょっと、たどたどしい感じだったが、それでもレンツォはその会話に参加して、ゆっくりとではあるが、3人での話を展開させていった。

ふと、大学の異文化間心理学の時間に習った、「アメリカ人留学生が日本のホストファミリーのところに到着後、始めての食事の時、頑張って片言の日本語で場をもりあげようとしたら『もうちょっと静かにしてくれないか』と言われてショックを受けた」という逸話を思い出してしまった。今のこれはその話とは正反対の状況だ。いかん、3人ではなく4人で話さないと! 頑張って話を聞き取ろうとして真剣な顔をして、それぞれ話している人間の顔を見ているが、これが中々難しい。そのうち、レンツォが「Kはどう思う?」と話を振ってくれた。ありがたい限り。

たどたどしい4人でしばらく話していると、そろそろ時間だ、という声がかかった。エメラルド・カルチュラル・インスティテュートには課外活動(自由参加)があり、今日の活動は「新入生歓迎 市内オリエンテーション」みたいなものなのだ。行きますか、と他の3人に聞くといずれもYesという答え。というわけで皆で、学校を出て右にちょっと行ったところにあるバス停まで行った。学校の送迎バスではなくて普通の市バスだった。

* * *

筆者はシティセンターは去年の旅行の時にかなり歩いたから、それほど目新しくはなかった。それでも、まだ自分の知らない場所があるかもしれないと思って注意深く、引率の人の話に耳を傾けていた。引率は年配のご婦人で、慣れているらしく、ゆっくり、はっきり、簡単な表現で話してくれる。やがて我々一行はオコンネル通りまで到達した。まずはGeneral Post Office(中央郵便局)を見学。筆者もお世話になったが、週末でも営業している便利なところだ。

ふと、物騒な単語が耳に飛び込んできた。「Easter Rising」「fight for independence」「executed」…イースター蜂起、独立への戦い、処刑された…。近代アイルランドの歴史はイギリスとの確執なしには語れないが、ここもその舞台だったのか。何度となく来ていたが、全く知らなかった。
(※1916年4月、アイルランド独立派による武装蜂起が起き、一週間の戦いの末に鎮圧され、首謀者は処刑された。蜂起は失敗に終わったが、今後の一連の戦いの火蓋を切る事件であった)

今更ながら、常に外国の侵略にさらされてきたアイルランドの闇を垣間みた気がした。

「はい、ここはダブリン・バスオフィス。Bus Pass(バス定期)が欲しいならここで学生証を見せて買うのよ」

外に出てちょっと歩いたところにある、やたら散らかっていて人の多いオフィスに来ると、引率の女性はそう言った。そう言えば学生証ももらってたっけ。ホストファミリー宅から学校まではけっこう距離があったので、定期購入。他のみんなも買っていたようだった。

ここでオリエンテーションは終了。あとは好きにして下さい、とのことである。日本だったら丁重に学校まで送迎して戻してくれるだろうが、ここはアイルランド。人によってはこのやり方だとものすごく不安になるだろうが、筆者にとってはこの方がいい。せっかく来ているのだから、学校とホストファミリーの往復だけで終わるなんてごめんである。ちなみに英語力や方角に不安のある人は、この引率の人に連れて帰ってもらうよう頼めばいいらしいが。

さてこれからどうしようか、とレンツォ、ホルヘ、イサベルと相談した結果、もう一度さっき通った活気のある通りを通ってみることに。その方角は筆者の大のお気に入りスポット、セント・スティーヴンス・グリーンである。賛成して、ついでに「公園行こう」と提案。みんな賛成。

オコンネル通りから橋を渡ってリッフィ川を越え、ダブリン一のショッピングストリートと言われていたグラフトン通りを通り抜ける。連れの3人はウィンドウで値札を見たりしていたが、何も買う気はないらしい。筆者も同様だ。

公園は相変わらず広々として気持ちよかったが、寒かったので「コーヒー飲もうか」ということになった。というわけでセント・スティーヴンス・グリーンの反対側にあるショッピングセンターに行ってみた。

EPSON020.jpg

そう言えば去年の旅の最後あたりに来たらコンサートをやったなあ、と思い出しつつ、入ったことのなかったカフェに入って席を取った。窓越しにさっきまでいたセント・スティーヴンス・グリーンが見えるいい席だった。

みんなコーヒーを注文。イサベラだけは紅茶だった。ようやくカフェイン補給できてホッとした筆者だったが、レンツォとホルヘは不満顔だった。「too much water」(水分が多すぎる)とのこと。そうだろうか? とこの日は深く考えなかった筆者だったが、しばらくしてイタリア人・スペイン人にとってのコーヒーとは何か、学校で嫌と言うほど見せつけられることになる。

とりあえずまだ会ったばかりなので、年齢、職業、家族構成について話した。レンツォは41歳、事務員、一児のパパだと聞いていたが、ホルヘは35歳、メカニカルエンジニア、3児のパパだという。若く見えると言うか童顔なのでみんな驚くと、ホルヘは財布から写真を出して見せてくれた。パパと同じく柔和そうな顔をした、3人の女の子が映っていた。笑顔で「Very nice!!」と言うレンツォ、「Thank you!!」と笑顔で答えるホルヘ。自分は何と言えばいいか? 「みんなかわいいですね」と言って変な誤解を受けたらどうする?(←よっぽど邪悪な顔をしてない限りそんな事はない)

「They are ... lovely!」(娘さんたち…可愛らしいですね)
「Thank you!!」(ありがとう!)


よ し !

ホルヘの笑顔を見て「うまく伝わった」とわかった瞬間に心の中でガッツポーズを取る自分だった。続けてイサベルがスペイン語でホルヘとなにか話し始めたので、じっくり余韻にひたることができた。

「Please, English, please」
(英語、頼むよ、英語)

もはや文法もなにも使わず、単語を並べて間に入るレンツォ。これも、よくやるもんだと思う。しかしもっとびっくりすることには、そんな事を言って話の流れを止めてしまっても、特に険悪な雰囲気にならないことだ。みんな大人だなあ。

…と思ったのは束の間、イサベルは23歳、筆者と同い年だとわかった。
「スペインではいい仕事がなくてね。学校が終わったらここで仕事を探そうと思ってるの」

これを皮切りに、場は一気に燃え上がった。

いわく、不況のスペインの恐るべき就職難。

いわく、もともとスペイン人の仕事さえないところへ、モロッコ人が不法にやってきて仕事を取ってしまう。

そして、アイルランドの好景気と、物価の高さ。スペインのペセタ、イタリアのリラを持ってくると価値が大幅に下がってしまうが、アイルランドで働き、アイリッシュ・ポンドを本国に持って帰れば価値が一気に膨らむ。そして、アイルランドで1年か2年働けば英語も話せるようになり、スペインに戻っても就職が有利。そんな話が、主に3人の間で熱っぽく交わされた。英語力が全然障害になっていないようだった。おっとまた聞いてばっかりになってしまった、と、頃合いをみて「モロッコ人移民ってそんなに多いの?」と聞いてみた。正確な数は不法移民なのでもちろんわからないが、相当数いるとのこと。レンツォは、イタリアにはアルバニア人が大勢流れてきている、と言った。「How about Japan?」(日本では?)と聞かれたが、ボートピープルはけっこう前の話だし、筆者の当時住んでいた大阪の片田舎では外国人はほとんどいなかった。いるとしてもそれこそ留学生か、何かの講師だった。「Not really」(いや、あまり)と本当のところを答えたのだが、話す事がなくてちょっと悔しかった。いかんいかん、不法移民が問題にならないのはいいことなのだから。

そして、レンツォが改めて「うちの学校はイタリア人が多すぎる! どこに行ってもイタリア人だらけで、アイルランドに来てるのにイタリア語しか聞こえてこないんだ! わたしはいろんなイタリア人とイタリア語で交流するためにアイルランドまで来たんじゃない! と熱弁をふるった。なぜかはわからないが確かに多い。筆者は実はそれを知っていて「日本人が少ないんだったらいいじゃん」ということで入学したのだが。イサベルいわく「スペイン人もけっこういるわよ」とのこと。そう言えばうちのクラスのヘススって男の子はメキシコだから、スペイン語か。

小1時間ほどいて、帰ることにした。みんな別のバスのようだった。筆者の乗ったバスは異様に混雑しており、驚いた。ダブリンにも夕方の帰宅ラッシュがあるのだなあ。

こうして、密度のものすごく濃い登校初日は暮れつつあった。
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初登校! 初授業!! [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月10日 昼前
クラス分けが終わったらさっそくレッスンが始まった。日本人は他にふたり、どちらも女の子。レンツォはイタリア人とは話さないと言っていたけど、僕はふたりに英語で挨拶した。ふたりとも英語で返してくれて良かった。他には中国からの生徒がふたり、メキシコからひとり、イタリアからひとりだった…それにしてもケイトという先生が、若くて美人だから妙に緊張してしまった。

100517_1734_02.jpg

筆者のクラスはIntermediate Class - すなわち中級クラスと決まった。それくらいで丁度いいのではないだろうかと思う。そういえば教科書とか持ってないなあ。持っているのは筆記用具、そしてポケット英英辞典だけだ。木のドアを開けて中に入ると、ひろびろとした天井の高い教室の中、視線が集まってきた。

左手に、すらっとした金髪の女性。ずいぶん若くて、そして美人だ。去年の2回の旅行で、アイルランド人もイギリス人もベルギー人も、白人だからといって皆が皆、100%美男美女ではないことを実感していたが、この人は美人である。そして満面の笑顔。

「Hi, you must be K! Welcome, my name is Kate. Pleased to meet you.」

あなたがKね、と言われたところからすると、先に新入生名簿みたいなのが廻っていたのだろう。挨拶を済ませて、席につくように促された。教室の反対側に首を向けると、そこには見慣れた「コ」の字型配置の机があり、そして、数人の人々が座っていた。

(この人たちがクラスメイトか)

ケイト先生の指示に「Yes」とぶっきらぼうに返事して(そんなつもりはなかったが、Yesの一言以上に気のきいたことは言えるわけがなかった)どこに座ろうかな、とゆっくり動きかけつつも、どの人の横に座ればいいのかでかなり悩んでしまう筆者であった。その時、ブロンドの女の子が目を合わせてきて、笑顔で「ここに座りなさいよ」と言わんばかりに隣の席を掌で軽く叩いた。勧められたら断らない筆者だったので、うなづいて彼女の隣に着席。隣に座った瞬間に驚いたのは、彼女の鼻と唇にひとつずつ通った銀色のピアスだった。


(不良…!?)


などとはさすがに思うわけもなかったが、あまりにも幼い顔立ちだし、体も小さいので、正直どうかなあと思った筆者であった。それにしても何歳だろうかこの子。でも女性に年齢を聞くのはどこの国でもタブーだろうなあ…

「Ai, I'm Cristina. I'm from Milano」

彼女の最初に言った言葉は「アイ」だった。「Hi」からHが取れて発音されたのだが、そこまでは気付かなかった。ただ漠然と、やっぱりイタリア語特有の訛りなのだと思った。発音そのものより、長くてなめらかで、歌うようなイントネーションのほうが印象に強い。彼女の名前はクリスティーナで、ミラノから来ているのだということ。あとで名前を書いてくれたが、それは何か違和感のある綴りだった。

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「Cristina」

授業の間は、どこが違和感の源なのか考えるどころではなかったのだが、後で気付いた。英語で「クライスト」(救世主、日本語で言うキリスト)と書くときはChrist、「H」が入っている。Cristinaの名前にはそれがない。イタリア語は勉強したことがないけれど、やっぱり英語とは違うものなんだろうなあ、と思った。

アウ・オルド・アール・ユー?」
(How old are you?)

また最初のHが聞こえなかった。それに「are(アー)」の後ろに重いアクセントがあって、「アール」に聞こえる。しかし質問の意味を間違えたりはしない。

「I'm 23 years old」
「リアァリィィィ、アイム・トウェンティ・フォォォル」(Really, I'm 24)

また最後の「four(フォー)」が「フォール」に聞こえる。ってええっ!? この子年上なのか? いや、年上だったら「子」というべきではないのだが…

「You look young!」
(若く見えるね)

そう言おうと思っていたらクリスティーナに先に言われてしまう筆者であった。「You too」と返して、二人で少し笑った。その時ケイト先生の声が響いた。どうやら筆者が席に落ち着くまで待っていてくれたらしい。

生徒が「コ」の字型の配置の机に座って、ネイティヴの先生を3方から包囲する形の授業は、日本の大学であったので慣れている。しかし今日からのレッスンは、同級生がほとんど全部外国人というところが最大の違いだ。大学の時は、自分以外のほとんど全員が、ほんの一瞬の隙でもあれば日本語で答えを聞いたり雑談したりという感じだったが、ここではそんなことはできないのだ。英語しか使えない英語のレッスン、どれだけこれが受けたかったことか。

最初のレッスンで最初にしたことは、Introduce yourself -「自己紹介」である。新しく入ってきた筆者のためにわざわざやってくれるとは、ありがたい。順番は端からだった。

ヘスス、メキシコ人。18歳、高校を出たばかりの男の子。輪郭も目も全体的に丸っぽく、柔和な印象。話し方も大人しい。すかさずメモを取った時にヘスス=Jesusというスペイン語のつづりがわからなくて「Hesus」と書いてしまった。

ハナさん(仮名)。日本人、21歳、大学の休みを利用して留学、今日が初日…ってあれ? すでに席についていたから気付かなかったが、筆者と同じ新入生である。筆者と違ってちゃんと授業料の支払いを先に済ませて入学したのだろう(おそらくは留学エージェンシーを介して)。とてもおとなしいというか、緊張して萎縮してしまっているのがよくわかった。

マホさん(仮名)。日本人、24歳、長期留学中。こちらはハナさんとは打って変わっておちついている。筆者はそのとき「海外に住み慣れた日本人」というと、ビシッとして揺るがないタイプ、という先入観があったが、この人は全然違う。リラックスしているのだ。緊張も何もしていないし、する必要もないということだろう。初日で不安なハナさんは、率先して唯一の日本人(だった)マホさんの隣に座ったに違いないぞ、と思った。

中国の人は男女ひとりずついて、女性の方はリリー(Lily)と名乗った。温和そうな顔で、眼鏡をかけていて、学校教師っぽい雰囲気だ。

中国人の男性の方はジョン(John)と名乗った。こちらもおとなしく、中肉中背、姿勢も正しく服装も清潔で、育ちがいいことが良く分かった。それにしても、韓国人みたいに人によってはクリスチャンネームが本名になっているのだろうか? と思った。実際には、このあとアイルランドで会ったほぼすべての中国人がイングリッシュ・ネームを名乗っていて、本名は別にあるということがすぐにわかるのだが。なお何年も経ってから、中国では学校で英語の授業が始まると、自分か先生が決めた英語名を英会話用の名前として名乗り始める、ということを知った。

そしてクリスティーナの自己紹介。24歳イタリア人、ということの他、ミラノ大学で美術を学んでいるが、現在休学している、と言うことが明かされた。そして最後に「Welcome!」と筆者とハナさんに笑顔を向けた。筆者もテンションが上がっていたので、隣の席のクリスティーナに「Thank you!」と大きく答えた。そして先生のケイトも「Thank you everybody」と言いながら自分の自己紹介を始めた。

「I'm from England」

イングランド人…なんだ、アイルランド人じゃないのか。ホストファーザーの時にも思ったが、イギリス人でも現在は平気でアイルランドにやってくるんだなあ、と改めて思った。そして、英語の本場中の本場、イングランドの英語を学べるのだと思うと嬉しくなった。ところが、レッスンはこのような感じで推移した。

「○○について、ふたり一組になって、ディスカッションしましょう!」

まずケイト先生が話題を出してきて、それについてどう思うか、隣のパートナーと英語で語り合え、というもの。突然のことでびっくりする。まず話題を理解して、自分の意見を考えて、それを英語で言うのだから大変だ。さっきまでのオーラルテストとか、自己紹介はまだ予想できたから良かったが…
この時いやがおうにも気付かされたのが、自分の英語が「対応型」だということ。質問に返事するのはまあなんとかできる。しかし、自分から話すことがほとんどできない。そもそも「英語で語りかける」時にExcuse meくらいしか使ったことがない。日本で英語教育を受けると受け身になってしまうというが、歴然とした証拠だった。

それに引き換え、クリスティーナの話すこと話すこと。ゆっくり、はっきりとした発音でわかりやすいのだが、あまりにも長過ぎて途中でわからなくなってしまうことがあるくらいだ。そんなわけで、やっと話し終わった時にこちらが返事を考えるのが難しく、向こうがまた話しだしてしまう、ということが相次いだ。会話になってないじゃん。

そんなことを繰り返している間に初日のレッスンは終了。惨憺たる有様だった。今でこそ言えるが、英語力もさることながら、クリスティーナのみならずイタリア人・スペイン人全般の「話し方のルール」を理解していなかったのが失敗要因である。そのルールに気付く日が意外と近いことは、当時の自分は全く知らない。

(続きます)
次回:初放課後

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初登校! クラス分けテスト [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月10日(月) 午前中
クラス分けのためのオーラルテストに備えて待っていたら、筆記テストの方に呼ばれた。筆記は100問もあって、うんざりした。そのあとエトナという人に呼ばれてオーラルテストを受けた。日本の学校で10年も英語を勉強していた、と言うのは気恥ずかしかった。


大きな地図で見る

このとき筆者とスピーキングのテストをすることになったエトナという女性は、アイルランド人らしい青い瞳と黒髪の持ち主で、明るい色のパンツ・スーツをエレガントに着こなしていて、笑顔がものすごくさわやかだった。先生の一人なのかなあ、と思っていたが、自己紹介によるとDirector of Studiesであった。

「ディレクター」は日本語でもよく聞く、映画やテレビなどの監督のことだけど、英語本来のDirector (ダイレクターまたはディレクター)には幅広い意味があり、映像監督だけではない。
筆者がこの日持っていたポケット英英辞書によるとこうだ。

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director n.
a person in charge of an activity or organization; a member of a board directing a business; one who supervises acting and filming.
(Oxford English Minidictionaryより)

3つの説明があって、日本語にするとそれぞれ「ある行動や団体を担当する人物(責任者)」「ある事業の取締役会の一員」「演技や撮影を監督する者」(筆者粗訳)。エトナのDirector of Studiesは最初の説明に当てはまるもので、このエメラルド校において「勉学」の「責任者」だとすると校長先生に当たる。

もっともそんな事は後で気付いたし、この時は「なんか先生にしては高級な感じだけど、話しやすい人だなあ」と思っていただけであった。お話…もといオーラルテストの内容はこんな感じ。

エトナ
「How long have you been studying English? (どれくらい英語を学んでいますか?)」

筆者の答えは「10 years, altogether」。中学・高校の6年間に大学の4年間。ここで、最初の6年はいい加減だったが大学に入ってからは真面目に勉強していました、だから実質4年くらいです、と言いたかったのだが、なにしろたどたどしいので、ちゃんと伝わるかどうか。ダメ元で話していたのだが、エトナは深くうなづいた。わかってくれたのだ。さすがと言おうか。調子に乗って「大学で、英語は楽しいものだとわかったので、本当の英語を、もっと学びたいです」と言ってみる筆者。エトナの返事はよく覚えていないが、「Welcome」が入っていたと思う。

最後の話題は昨日買ったばかりのアラン・セーターについてだった。「いいじゃないそれ、どこで買ったの?」みたいなことを聞かれたので、ブラックロックマーケットで4ポンドで購入した旨を告げると、「へええ!」といいリアクションを返してくれた。筆者は大阪出身なので安くものを手に入れるのが好きなのは言うまでもないが、高価そうなスーツを着こなしているエトナ校長からするとどうだっただろうか。

さて、筆記テストもオーラルテストも終わりそうなのだが、筆者は授業料を納めなくてはならなかった。一銭も前払いしていないのに、すでにホストファミリー宅に寝泊まりして、登校までしているのは他の国ではレアかもしれないが、ちゃんとクレジットカードの詳細を伝えておいたからいざとなればそこから引き落とされるだろうし、それに、なにぶんダブリン空港の入国審査はゆるかったのだ。それにしても日本国籍で良かったと思う。中国など、日本ほど自由の効かないパスポートだったら事前に授業料を払い込んで、出国前に学生ビザを取っておかなければならなかっただろうから。

というわけで最上階(3階)に向かって木の階段を登り、学生オフィスでお金を払って一安心、と思ったらクレジットカードの読み取り機が故障しているらしく、「また明日来て」と言われた。ここまでくると、さすがアイルランドというしかない。

(続きます)
次回:初めてのレッスン

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初登校! Emerald Cultural Institute, Dublin 6 [英語留学(ダブリン2000)]

2000年1月10日(月)
エメラルド・カルチュラル・インスティテュートの初めての日だ。興奮して午前3時に目が覚めたが、また寝れて良かった。初登校はヒラリーの車で、クリスとジュディと一緒に乗っていった。
「エメラルド」はモダンできれいな建物で、全然「学校」というたたずまいじゃないのがすごい! 自分の他にも大勢の生徒さんが、入学手続きを待っていた。けっこう年配の人もいるのでなんだか安心する。みんなまだまだ勉強したいんだなあ。

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(↑Emerald Cultural Institute 当時のパンフレット)

ダブリンには沢山の外国人向け英語学校があるが、筆者が通う事にしたエメラルド・カルチュラル・インスティテュートもその一つで、ホストファミリーの住む住宅地から車で5〜10分ほど北に登ったところにあった。窓の外の風景からすると、シティ・センターに行くバスのルートに近いようだった。初日だからホストマザーのヒラリーは、気を効かせて送ってくれた。もともと子供さんを毎日送り迎えしているようで、アメリカ映画みたいだなあと思った。スクールバスじゃないのが意外だった。

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(↑Google Mapより)

校舎の前まできてびっくりした。それは校舎というには違和感がありすぎた。レンガ作りの壁、三角の屋根、張り出した窓。それはまるでお金持ちのお屋敷だった。

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(↑当時のパンフより)

例のpacket lunch(パケットランチ=サンドイッチとおやつのセット)を持たされ、車から降りる筆者。ヒラリーは「Have a good day K, see you later」と普通に挨拶して走り去っていった。日本人の感覚だとここは「初日だから緊張すると思うけど○○○、頑張って×××」などと色々言ってもらうべきところだが、ここはアイルランド。さっぱりしたものである。そもそも、そんな複雑なことを英語で言われても理解できるかどうかあやしかったので、簡単な挨拶だけで丁度よかったとも思う。

意を決して入口に向かう筆者。入口は石の階段の上に、大きな木製の扉がついている。自動ドアじゃないのが何だか嬉しい。取っ手を引いて開けると、そこは別世界だった。いや、筆者のいつも住んでいる世界とは別世界だけれども、この建物の中としてはふさわしいじゃないか。まずは大きなホール! 全体的に古びた感じの建物が、きれいにリフォームされている。目の端々に飛び込んでくる木製の調度品は、まるでインテリアショップの中のようだ。正面右手の立派な受付に、若い黒髪の女性が立っていたので、まずはどうすればいいのか聞こうと思った。

(よし「Excuse me, I am a new student, what should I do」と言うぞ…)

頭の中で作文してから歩み寄った筆者だったが、不意に先制攻撃を受けた。

受付の女性は、こちらが受付に到着する前にアイコンタクト、そしてスマイルという攻撃を仕掛けてきたのだ(←全然攻撃じゃないけど、当時はそれくらいびっくりした)

しまった、そういうことがあるかもしれないことをすっかり忘れていた…などと考えながら歩を進める自分は、相手の目を見返してはいたものの、顔にはきっと微妙に不自然な笑いを浮かべていただろう。

エクスキュ…
「Good morning, how are you?」

(しまったァー!)

まずは挨拶からという常識をすっかり忘れていた筆者であった。かなり恥ずかしかったが、これに「I'm fine, thank you」と返事をする。よし、これで大丈夫だ。これからはちゃんと最初は挨拶から始めるぞ。さあ、今こそ、Excuse meだ!


「How may I help you?」
(どうしましたか?)


またまたしまったァー!!
先に受付嬢に「どうしたの」と聞かれてしまい、「Excuse me」はついに言い出せなかった。何と言う事だ…とショックを受けるも、何とか「初日なんだけどどうしたらいいんですか」と聞くと、「あっちで待ってね」との事。さっき入ってきた入口横に低いテーブルや椅子があり、他にも初日らしい生徒が何人か、もう待っていた。よし、気を取り直して挨拶にまわるぞ!

昨年(1999年)にアイルランドを旅行したとき、ユースホステルの同室の旅行者たちと話したのを思い出しつつ、適当に、手持ち無沙汰にしていた男性に声をかけた。中背、小太りで、髪はブラウンでくるくるの巻き毛。こんな感じの人も前の旅行でいたよな…あのときは、イタリア人のジョルジョという人に会ったが、果たしてこの人もイタリア人だった。

「グーット、モールニング。ナイス・トゥ・ミート・ユー。マイ・ナーム・イス・ジュゼッペ。」

そのイタリア人男性は、ゆっくりと、間のびしたような話し方で、ジュゼッペと名乗った。顔立ちは、いわゆるハンサム顔でないもののとても表情豊かだ。まっすぐこっちの目を見て、満面の笑顔で握手をしてくれた。ジョルジョも、連れのアレッサンドロもこうだったよなあ、と思い出が蘇る。

自分の名前を名乗り、日本から来ました、よろしくね、と言った。すると彼は、「I am from Rome, do you know? (僕はローマから来たんだ、知ってるかい)」と聞いてきた。ローマかあ。今までの生活からするとローマは優美で壮麗で昔のヨーロッパの歴史の中心で、全くの別世界だが、ここにこうして、そこに住んでいる人がいるとまた不思議な違和感がある。正直に「知ってるけど行ったこと無い」と言うと、ふとジュゼッペの横にまた男性が来て、こう言った。

「Rome is a wonderful city!」
(ローマは素晴らしい街だ!)

彼の話によると、ジュゼッペと彼は、ローマの病院に勤務する看護士で、他にも同僚の看護士たちが一緒に、研修で英語を学びに来ているのだと言う。全員たどたどしい英語だが、意志の疎通は問題なくできるぞ。うれしくなってきた。

ジュゼッペもその男も、イタリア語で少し話を始めた。すると、きっと同僚の看護士たちだろう、その話に何人も入ってきた。研修初日だから打ち合わせだろうか。そのとき、突然話が終わってしまったので呆然としている筆者の腕を、誰かが横からつついた。

「グーット、モールニング」

あれっ、さっきの人とそっくりなGood morningだなあ、と思いつつ、挨拶と自己紹介をする。

「私は、レンツォ。きみの、名前は?」
「Kです、日本から来ました。あなたはイタリア人ではないのですか?」

「私は、イタリア人だよ。私の、家は、ラヴェンナという、街の、近くにある」


ラヴェンナはけっこう有名なところだが、当時の筆者は全く知らなかった。しかしレンツォは構わずに、途切れ途切れの英語でゆっくりと、こう続けた。

「…イタリア人とは、話したくない。私は、英語を、勉強したいから、ここに来たんだから」

これがレンツォ・ロンコー二との出会いだった。41歳事務員、一児のパパ。趣味はバイクと自転車。フランス語はある程度わかるが、英語は難しく、まだあまり話せないとのこと。年齢だけでなく何もかも当時の筆者とかけ離れていたこの人が、エメラルド・カルチュラル・インスティテュートでの、筆者の最初の友達だった。

(続きます。次回:クラス分けテストの巻)
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